直六国防挺身隊

母は来ました今日も来た。嫁をイビリに今日も来た。

極めて限定的なオートバイ好きのため「だけ」の小説④

その日の公務を終えたFJ1200内閣総理大臣は陰鬱な面持ちで、公用リムジンの後部座席に座っていた。

やがて首相を乗せたリムジンは、都内某所のある屋敷に到着。正門でなく屋敷の裏手でリムジンを降りたFJ1200は、SPも連れず、それこそ人目を憚るように通用門を通り邸内に消えた。
邸内に入ると、出迎えが待っていた。猫背で陰気な顔をした薄気味悪い男である。名前は確かZ750スペクターといったか、この屋敷の「主」の小間使いをしている男だ。
「こちらへ」とその風体通りの陰気な声を発すると、Z750スペクターはFJ1200に背を向け歩き始めた。内閣総理大臣に対しあまりにも無礼な態度だ。しかし、この屋敷の敷地内ではそれが常識である。たとえ内閣総理大臣とはいえ、ここでは政治家の一人に過ぎない。
 
Z750スペクターに導かれ、FJ1200は豪奢な数寄屋造の屋敷の中に入った。廊下を延々と歩かされ、辿り着いた襖が開かれた。真正面にこの屋敷の「主」がいた。
全くもって醜悪な人物である。
その顔の、肉に埋もれて落ち窪んだ瞳は濁った光を放っている。潰れた鼻にチョビ髭、その下には歪なタラコ唇の口がそれこそ耳の近くに至っている。良く見ると、口角から泡状のよだれが垂れており、タラコ唇から覗く歯は黄色く染まり鮫のように尖っている。当然、その体型も無様に醜く肥えており、そのだらしない肉体を上物の紬で覆い隠していた。
脇息に凭れた姿勢のまま、屋敷の「主」は、FJ1200に口を開いた。
「これはこれは、FJ1200内閣総理大臣閣下。わざわざこのようなあばら家にご足労願い恐悦至極に存じます」
FJ1200は、心の底から吐き気をもよおした。
 
この屋敷の「主」、Z1300は巨悪である。
 
兵庫県の貧村の卑しい出自でありながら、保守自由党の長期政権下において36年間も与党幹事長として君臨。一度も入閣した事はなかった。これは、名よりも実をとった証左である。幹事長時代のZ1300は、あらゆる政・官・財の汚職・癒着・謀略の中心的当事者であったが、逮捕はおろか、その名が表沙汰になる事はなかった。そのために、どれだけの将来を嘱望された有能で誠実な政治家・官僚・企業人が、自殺を装った暗殺で命が絶たれたのか。

80歳を機に政治家を引退したものの、「直六憂国烈士隊」なる如何わしい公益法人を設立。この団体、表向きは苦学生援助、在日朝鮮人・同和地区出身者の社会的地位向上、環境保護、交通安全のための活動を行っている事になっているが、その実態はZ1300の影響力を政・官・財で維持するための非合法な裏工作活動を主とする、犯罪者団体である。
もちろんZ1300自身、このような団体を頼りにしているわけではない。自分が握る国家機密の1つでも表沙汰にすれば、時の政権はおろか、日本という国家自体が転覆するのは間違いないのだから、政・官・財それぞれの権力者を自分の意のままに操るのは簡単な話である。

では何故、直六憂国烈士隊なる団体を設立したのか?トカゲの尻尾切りをするためである。
 
FJ1200は畳に正座すると、恭しく深々と頭を下げ、「本日は御館様のご尊顔を拝し、こちらこそ恐悦至極、身に余る光栄でございます」とあいさつした。
その様子をZ1300はニタニタと笑いながら満足げに見下した。
そして「あいや。内閣総理大臣にそのように頭を下げられますと、こちらとしても困り果ててしまいます。どうか面をお上げください」と、FJ1200に顔を上げる事を許可した。
 
「総理は、今次通常国会の開催を機に、新たな委員会を設置したそうですな」
原子力発電所検討委員会の事でしょうか?」
「そうそう、そんな名前でしたな。先程、その委員会の資料ですか、それに目を通したのですよ。すると委員会の設置趣旨に関する文書に、『大洗原子力発電所の建設中止を前提』なる文言があったようですが」
「それは異な事。あくまで、『状況に応じ、新規建設の原子力発電所の建設は慎重な判断』としただけで、何も大洗原子力発電所建設の中止を前提にしているわけではありません」
 
FJ1200のその言葉を聞き、Z1300の落ち窪んだ瞳は、凶暴な強い光を放った。それに気付いたFJ1200は心の中で、(この老害が!)と悪態をついた。

つづく