直六国防挺身隊

母は来ました今日も来た。嫁をイビリに今日も来た。

極めて限定的なオートバイ好きのため「だけ」の小説⑱

パン。パン。

静まり返った深夜、浜名湖を望む廃ホテル内に2発の銃声。

そして、乾いた靴音が慌ただしく駆け抜けた。わずかな月明かりが、拳銃を手にした人影をひび割れた廊下の壁に照らし出している。

やがてその人影は、廊下の突き当たりの部屋に滑るように消えた。そこは、掃除道具や備品をしまっておく物置として使われていた一室で、饐えたかび臭さが充満していた。

わずかに開かれたドアの隙間から一条の月光が差し込む暗闇で、黒い人影が蠢いいていた。その人影、男は左腕の上碗部を自らの口に押し当て、荒れた呼吸を整えようとしている。

「なんなんだ?一体なんなんだアイツら・・・」

男は、Z1000J組構成員のバリオスであった。Z会静岡侵攻部隊のメンバーに選出され、鈴木組の動向を探るべく浜松での諜報活動に従事していた。しかし、鈴木組本部への潜入を目論んだものの発見され逃走。追手との銃撃戦を繰り返し、この廃ホテルに辿り着いた。
そしてバリオスは、鈴木組の構成員、すなわち鈴菌病者が「人間」ではない事を改めて認識した。

彼は逃走中、少なくとも2人の鈴菌病者の急所に銃弾を命中させた。間違いなく致命傷を与えたという手応えもあった。しかし眉間を撃ち抜かれた鈴菌病者どもは、絶命して倒れるどころか、相変わらず不快極まりない笑顔のまま平然と、不細工な足取りでバリオスに縋り付こうとするかの如く迫ってくる。

鈴菌に感染し、症状が進行すると、脳そのものが壊死し機能不全をきたす。そうなれば当然、、生命活動を維持できなくなる。しかしどっこい、鈴菌病者は生き続ける。脳以外の「何か」が、鈴菌病者たちを生かし続けるのだ。

「 鈴菌病者には脳がない」 それは潜入前から知っていた事だが、実際にその事実を目の当たりにして「冷静沈着に手足が生えたようだ」とZ1000Jに揶揄されたバリオスでさえ、激しく混乱した。その結果、判断を誤り、この逃げ場のない廃ホテルに追い詰められてしまったのだ。むしろ「追い込まれた」というのが実際である。

バリオスは恐怖を感じる暇もなく、手にしたワルサーPPKの空になった弾倉を予備の弾倉に交換しようと、左手を回した。
その左手首が、何者かに掴まれた。
バリオスが驚愕の声を上げる前に
「あはは~~、見い~つけたあ~~、こんなとこで、な、なにしてんのお~~~?」

と、知的障害者特有の、聞く者の嫌悪感を否応なく駆り立てる、間の抜けた舌足らずな声が、自分の耳元で囁かれた瞬間、バリオスは上半身を勢い良く右に捻り、手にしたワルサーPPK の台尻をその発生源に叩きつけた。
ぐじゅ。
丸めたアルミホイルを噛みしめるような不快な感触とともに、確実な手応えがあった。僅かながらの安堵感をバリオスが感じた瞬間、その右手首が圧倒的な力で掴まれた。

「むぷ~、いたいよ~、むぷ~、ひどい事をするなあ~むぷ~、それよりキミ、両方の手首を掴まれてるんだから、もう身動き取れないだろ~むぷっ!むぷぷぷぷ~」
耳元で不快な吐息交じりの声がする。

「そんなに恥ずかしがらなくっていいんだよ~。ボク、ボルティーって名前なんだ、ひひひ。僕が恥ずかしがり屋さんのキミとトモダチになってあげるよ~さあ、スキンシップ♪スキンシップ♪」

そう言いながら、ボルティーバリオス250のうなじを舐めた。
「ひやあ」バリオス250は間抜けな声を上げ、自身の危機的状況を打開せんと必死の抵抗を試みた。だが、それらは全て徒労に終わった。

事を終えたボルティーは、バリオスに粉砕された右のこめかみからかつては脳ミソであった腐った肉汁を垂れ流し、上機嫌で廃ホテルの物置部屋から出てきた。そして、鬼ハン・三段シート・ロケットカウルの三点セットで族車仕様に変貌したバリオスが、恍惚の狂気の笑いを引き攣らせ、失禁しながらその後に続いた。

このようにして、鈴菌病者は増殖するのである。

バリオスが廃ホテル内でボルティーに責め抜かれ、鈴菌病保持者になっていた頃、浜松の鈴木組本部において最高指導者のGSX1100Sと上級幹部のDR800の密談が行われていた。

つづく