直六国防挺身隊

母は来ました今日も来た。嫁をイビリに今日も来た。

須賀川歓楽街は今もディープで優しいです

2014年7月26日は暑い1日でした。

いや、今日から仕事があるのですよ、私。
だもんで、先週から「土日は遊ぶ!」と心に誓っていたのです。ところが居眠り磐音の最新刊が出ていると24日に知り、それをいそいそ購入し読破!で、「あれ、この前のお話しってどーだったけ?」と至り、35巻から読み直してしまいましたのです。
結果、26日の出発は午後2時と相成ってしまいました。

で、26日の昼下がり、家を出るとですな、まあ、暑いのなんの。
ビックリしました。

てなワケで家を出てから3時間、須賀川で私もオートバイも、精根尽き果てましたで御座候。

須賀川芭蕉翁ゆかりの公園で休んでいると、一台の小型ダンプが私のオートバイの隣に停まったのであります。
そのダンプから、1人の紳士が降り立ちました。私のオートバイを指さしながら、私に「コレ、君の?」と笑顔で問いかけてきましたのです。私が「左様でございます」と、答えましたのです。

その後、オートバイ談義に花が咲き、非常に楽しき一時を過ごさせていただきました。
なんでもこの紳士、カワサキZ1000MKⅡのオーナーで、他にも数台の空冷Zを所有しているとの事。いやはや芭蕉翁のゆかりの地・須賀川で、このような分限者と偶然にも出会い、会話を交えるなど、夢想だにしておりませんでしたです。まったくもって、人との出会いというモノは、深淵にしてなんともアッケラカンとしてますなあ。

そんな出会いに触れながら、私もオートバイも、「これ以上、先に進むのは無理」という事で、近くのビジネスホテルで宿をとる事に致しましたのです。

ホテルの駐車場にオートバイを停め、私は早々に夜の須賀川に繰り出しました。

とりあえず、寿司屋に入りました。
久しぶりに「当り」でした。
味は、まあ普通でしたが、それより大将のキャラと、店の風情と歴史が、最高でしたな。今年、一見で訪れた飲食店の一等賞でしたです。
そんなお店のカウンターで、お隣にいらした須賀川市議会議員と地方行政についての意見交換を交える、至福の時間を過ごさせていただきました。

須賀川はご存じの通り、由緒ある宿場街です。で、昔からの街道沿いに町が発展してきました。
ところが、東日本大震災により、昔からの街道沿いの旧市街というか飲み屋街は建屋の老朽化も拍車もかけ、甚大な被害を被りました。
そのため現在、町の中心を新たに新開発地域である国道118号線東側の駅周辺に、飲み屋街を移譲する方向に進んでいるようです。
しかしそれは、歴史ある国道118号線西側の飲み屋街の衰退を意味します。
う~ん、須賀川の魅力である「由緒ある歴史」を有した飲み屋街を、効率・合理性だけでなくしちゃダメだろ。
それじゃ外から人は来ないから金にならん!

とまあ、そんな事を余所者の私が市議会議員に訴えてみましたです。

その後、議員先生と別れ、5件ぐらい居酒屋やスナックをハシゴしましたです。
オバケの話をしてオネーチャン達をからかったり、愉快なオッサンと歌ったり、脳みそが酒で腐ったアル中のバカがイチャモンつけてきたのでソイツの顔面に靴裏をぶっ込んだり、まあ、ホント、久しぶりに愉快な「場末の飲み屋街探索」を堪能させていただきました。

いや~、須賀川、ディープなのが好きな人にお勧めです。

その後、大概酔っぱらった私、どこを歩いているのもわからないまま、真っ暗闇の森の中を歩いていたのです。で、道路がある!という事で、灌木生い茂る土手を這いずり登ってみたところ、そこは高速道路だったりしてビックリしました。いやはや酔っぱらうっておっかないですな。

そんなこんなでコンビニを見つけ、そこの店員さんにタクシーを呼んでもらい、無事にビジネスホテルに戻りましたとさ。めでたしめでた。

翌日、チェックアウトして、とりあず猪苗代湖をめざしました。
ところが湖の手前で雨。なんぞコレ?

私はカッパを持っていないのでどーすることもできません。
降って止み、止んでは降る。そんな日もあるさね。
結局、高速道路を使って一気に茨城県に戻りました。

しかし、今回のお泊りツーリング、20代中頃にオートバイで日本一周していた時と同じような「人との交わり」が持てて、本当に濃いかったです。

実は議員先生から直筆の「須賀川に来たなら、ここに行け!」リストをいただいたのですが、どこにも行きませんでしたです。ゴメンナサイ。まあ、このリストがあるお蔭で乙字ヶ滝も含め、須賀川を再訪する理由にはなりますな。

結論としては、この前の週末、須賀川にオートバイで飲みに行ったってだけの話なのです。